羽ばたき、舞い上がる象徴としての鳥。彼が好むモチーフのひとつだ。それを描く彼もまた、私が気がついた時にはすでに翼を手にし、今まさに飛び立とうとしている。

インターネットで彼と出会ったのが10年前。そこから彼は多くの山と谷を行き来し、時には自分に深く潜りながら、点と点とを紡いでいた。そして今、ついにその足は地を離れ、視点は俯瞰に切り替わる。

現代と古来の技術を巧みに使い、世に伝え、人に残す。帽子の影に確かに光る、彼の視線の先を見る。

問いの投げかけ

最近「アートは技術とか知識とかで形にするノウハウで、デザインは目標を達成するモデルである」という話を読んで、アートとデザインについて考えてたんだけど。

アートっていうのは観た人に疑問を投げかけるものというか。生きてく中で感じた「何なんだろうこれは」っていうのを問いかける……お手紙みたいな(笑)。作品に触れた時に、観る側が何かしら自分とリンクするものを感じ取れて、「ああ、こうなのかもしれないな」「こういう考え方もあるのかな」っていうのを作品から感じ取れるものが、良いアートなのかなって。

たとえば俺は玄関に浦さんを飾ってるんだけど、蛇の身体がうねうねとしていて首が持ち上がってる姿に、その蛇が歩いてきた軌跡を見てさ。まっすぐな道を歩いてきているわけじゃなくて、いろんな方向に歩いてきて、いま現在地ってところでスッと立ってて。多分いろんなところを寄り道してきてたんだろうけど、その地点その地点で得たものをしっかり身体に刻みつけて、「今ここ」という時点ですごく堂々と胸を張っている。その振る舞いがとても美しい。

彼の生き様みたいなものがその蛇の立ち姿のなかにすごく見えて、自分の人生もそうありたいなって思ったから、あの絵を買わせてもらったの。そういう想いをきちんと作品に込めないことには相手に何も伝わらない。もしかしたら込めたところでやっぱり伝わらないかもしれないけど、でもまずは込めるところから始まるのかなと。

なるほど、わかりやすい。

一方で、デザインは問題を解決するもの。極論だけど、見た目が良くなくても目的が達成されていればデザインとしては正解だと思うし。パッと見た瞬間にどうすればいいのかわかる説明書だったり、購買意欲に繋がる広告だったり。だから「観る側に考えさせない」デザインが良いデザインなのかなと。違和感がなく、当たり前のようにそこにあって、考えるよりも先にアクションを起こす事ができる。作為を感じさせないというか。

だから、アウトプットした時にアートとデザインは見た目が似る事が多いのかもしれないけど、「作品に触れた人がそれをキッカケに物事を考える余地が産まれる」ものなのか「触れた人が悩まず円滑に正解まで辿りつけるようにする」ものなのかという点でまったく違うなと。手法で見ると「自分というフィルターを通す」っていうとこは同じで、存在意義やあるべき姿っていうのはそこにあるような気がするかな。だから、mokuva 展をやるって考えたときに「解」を出すんではなく、俺はこう思うんだけどみなさんどうですかっていう「問」を出したいなと。

四神の意味

今回その「問い」の題材として、今の社会や状況をみたってことね。

最近すごく感じてたのは、例えば嘘の情報がいっぱい溢れていて……

嘘を嘘と見抜け (ry

ライをライと見抜けなければディフィカルトっていう(笑)。そういう気持ち悪さっていうのは最近すごくあって、なんかモヤが掛かっているような、風通しが悪いような。なんかひとつ壁を作っちゃってるなっていう。腹が割りにくいなというか、思ってることをハッキリ言いづらい風潮というか。

それはなんでだろうね。

それをすごく感じたのは衆議院選挙の時だった。例えばネットで特定の党に対するバッシングがいくつかあったでしょ?自分の中で答えを持ってはいるんだけど、声を大にして言いづらいというか、言ったら叩かれるんじゃないかっていう心配があったりとか。例えば自分がすごく信頼している人が言っていることでも、よくよく調べてみたらその人自身もデマに引っ掛かっていたりする事もあるし、そこに対する揚げ足取りがたくさんあったりもして。

そういうのがすごく気持ち悪くって、モヤがかかってるなーと感じてね。そのあたりの風通しが良くなったら、もっとみんな信じ合えるかもしれないし、仲良くなれるかもしれない。もっと腹割って、気持ちのいい付き合いができるのかなって。そういう想いを表現しようと思ったかな。

どういう調べ方をしても「そうじゃない」っていう人が出てくるだろうし、どの党を支持しても叩かれる要素があるよね。

正解はないから、その中でも自分の「しかたない、ここに入れるか」っていう落とし所を見つけて投票したと思う。

それは人それぞれ違うはずだし、違って然るべきだとも思うんだけど、それでもやっぱり叩く人は叩くわけですよ。「どこそこに入れるとは何事だ」みたいな。「おまえちゃんと調べて言ってんのか」みたいな。安易に叩きやすい空気が作られていってる。

大きな力を持った人たちがそういう流れをコントロールできてしまうんだなというのも強く感じた事で、そこはすごく怖かった。個人の力だけではどうしようもないという「感じ」。そういうのが「晴れれば」いいなあと。

俺は逆に、前回の衆議院選に比べたら、だいぶ進んだ部分はあるなとも思ってて。腹は割れないにしても、考えないとイカンという空気は出たかなと。「20歳過ぎてるんだし、知らないってのはマズいんじゃない?」っていう、そういうのはあったよね。「俺しらないアワワ」ってなったしね。

なったね。なったし、調べようとしたし、詳しい人に話を聞きに行ったりした。それ自体は僕もすごく良い事だと思ってる。それを踏まえた上で良くなっていけばいいかなあと。

そこに四神がイメージされるわけだね。

煙があって、モヤっとしたのが晴れた先には平和があって欲しいなと思って。最近は動物をよく描いているんだけど、じゃあ平和を司る動物は何かあるかなと考えたときに、四方を守る四神獣という所に行き着いた。水墨画とも親和性があったし。

話を聞いてると「全能の神」いわゆるゴッドが解決するんじゃなくて、四体出てくるってところに、ヨザの思いが入ってる気がする。それぞれがお互いに守ることで「晴れる」ような。

それは確かにそうで、「一人では一方向しか守れない」っていう所に自分はグッときた。だから4人で守るんだっていうね。それぞれが補い合って平和が保たれているっていう構図にしたかった。

あと、今回は人を描きたくないっていうのもあったかな。イメージが濃すぎるというか、具体的すぎるというか、直接的すぎて自分に投影できなくなる。動物を選んだのは、何かしらのメタファーであってほしいから。こっちが「こうなんです」って言いきるんじゃなくて、観た人のフィルターを通した上で、考えられる余地のあるものにしたいなっていう希望はある。

自分はフィルター

作品を作るとき、自分自身がクライアントで自分自身が制作でもあるって考えると、けっこう作るのが辛いっていう話があるけど。

俺も最初のころはすごくそう思ってた。アーティストって自分がクライアントになるってことなのかなって。でもその自分ってぜんぜん立派な存在じゃなくて、何がジャッジできんのっていうぐらい情けない存在で、そのクライアントからは大したことが出てこないんですよ(笑)。大したオーダーが出てこない。

そういう壁に一回俺はぶち当たったのね。いくら自分を探っても、言いたい事なんて何も出てこないなっていう。そうなったときに「さてどうしようかな」って考えて。自分に潜っても俺の場合はアイデアなんてすぐに枯渇するから。そういうアイデアが湧き続ける対象って何だろうなって思って、常に自分が触れ続けてるものって考えたときに、それは「世の中の流れなのかな」っていうふうに思った。

生きてる限りいろんなものがいっぱいあって、いろんな人が周りにいて、自分が何もしなくても世の中は勝手に流れ続けてるわけだよね。その中に自分をポーンって置いたときに、どうやったら主張できるのかなっていうのを考えてみたら「あ、いろんなアプローチがいくらでもあるな」って。世の中ってモノを自分を通して見ることで、自分の立ち位置をちゃんと見つける。そうすればいくらでも描けること、題材は出てくるなって思った。

それについて考えたのは、展覧よりもっと前?

それはここ1〜2年の話かな。「世の中に対して声を大にして物申したい!っていうものはないけれど、自分っていう人間はこういう人だったんだよというものが残ればいいとは思う」って話してくれた方がいて、「あ、そうか。それでいいんだな」って目の前が開けたという事があって。それがキッカケだったかな。

あと、png a day をやってるのがすごく大きいかも。あれは毎週、何かしら出さないといけなくて、そのたびに自分に聞いてたらやっぱりあんまり出てこない。それは結構早い段階でぶち当たって、それでも出し続けていかなきゃいけない。そこで方法を探ったりするうちに今の考え方に行き着いた側面はあると思う。

「自分の作品」っていう言葉に囚われると、自分そのものから出なきゃいけないって思っちゃうのかもね。

そう、責任がすごく重くなっちゃう。一球入魂すぎる、魂を込めすぎちゃう。それが悪いわけじゃないし、時にはそういう事も必要だと思うけれど、「周りも含めての自分」という捉え方をした時に、少し肩の力が抜けるのかなと。

逆に「自分はフィルターだ」って思うと、けっこう何でもできる。

今までは自分の肉を千切っては投げて千切っては投げて、「ああもう辛いわー」ってやってたのを「足元にあったものを拾い上げてそちらへ」ってやってるだけなんだよね。でもそこにたどり着くと楽だし、ずっと続けられる気がする。

自分一人の力だけで成し遂げたものなんかそんなにないし、それが自分を形成してるとも微塵も思わない。やっぱり関わってきた人とかモノが自分を作ってるから。強いて言えばそれを選んだことがアイデンティティに繋がるのかなっていうぐらいのことで。

同じことをやっても他の人とは違うモノになるから、それが自分ってことで良いんじゃないかなと。いま自分の周りにあるものをさっと集めてまとめてワッと出した方が「あ、自分らしいな」てなる。続けていくと自然と自分のエキスみたいなものは混じっていくし、それで良いんじゃないかなとも思えるしね。

面白いのが、自分の考えがそこまで到達してないときにそういう話を聞くと「そんなこと言って、ほんとは……!」「なんかカッコいいこと言いやがって……」みたいな話になりがちで。

そうなるんだよね(笑)個人的にはカッコいいことでも何でもないとは思うんだけど。あくまで一つの方法論にたどり着いただけの事なのかなと。でもそれには悩む時期が必要だったりするし、それも含めて面白いんだけどね。

昔の短歌とか詩もそうだよね。あのフォーマットの中で世の中や周りを表していて。そういうモノの方が後になって残っていくんだなあと。

「見てそのまま」を書いてるよね。美しいと思ったものをそのまま残す。そこに「自分」が混ざる必要はない。

師匠にも言われたかな、「奇をてらいすぎるな」って。

「お前の個性なんざ2%で十分。頑張って個性的になろうとしなくても、絵描きに成りたいと思った時点で、もう十分個性的なんだから。普通に良いと思うものを考えればいい」って。

そこから自分だけの表現みたいなところに頼り過ぎないというか、変に自分を混ぜようとせずに、素直に美しいと思うものをそのまま受け入れようと意識するようにはしてる。

デジタルとアナログ

今回の展示、「デジタルとアナログの両方を使う」というもう一つのテーマがあるんだよね。

自分の遍歴を振り返ったときに、デジタルがなかったら絵を描いてなかったし、水墨画が無かったら今の自分は居なかったし、ってことで両方使いたかった。それが一番自然で、やりやすかったしね。

デジタルにはいろんな手法があって、その中から選び取れる強さが一番の利点かなと。幅の広さというか、選択肢の広さ。対してアナログには「こうするとこうなる」っていう技法が確立されている場合が多くて、長い時間をかけて確立されたもの特有の強さがある。

なるほど。選び取れる強さと、確立された強さ。

デジタルの文脈でいうと、無印良品の考え方がすごく好き。無印良品って一点モノのすごく良いモノを作るんじゃなくて、そこそこ良いモノをすごく大量に作って選べるようにするのが無印良品の使命だっていうのを本で読んだ事がある。ああ、そうだなって思った。それができる時代だから、いま豊かになってる。その恩恵は受ければいいと思うし、実践したらいいと思う。

水墨画は好きだし残したいと思うけど、だからといって別にデジタルを捨てなくていい。相反するものじゃなくて共存できるものだろうし、共存することでより良いモノを作れたら、俺としてはうれしいかなって。それが現代に生きる絵描きの強みのひとつだし、融合できるよねってところをやりたい。

水墨画で煙を描いて、デジタルで動物を描く、っていうふうに逆にはならないんだね。

俺が普段描いているような煙は、何回かチャレンジしたけどまだ水墨画では同じように描けない。水墨画でやるものってのは、俺の中では「具象」なのね。ちゃんと形があって、生きているもの。だから CUT & PASTE で描いたのも植物だし。

CUT & PASTE ではヨザが書いた樹を背景に使ってたりしたけど、具象が前にあるか後ろであるかっていう違いはあるものの、水墨画は具象を描くものであると。

自分ではそう考えてる。風景は具象だから。具象を描いたうえで、空気感を感じさせるのが水墨画の良いところなのかなと。これ(煙)は、ある意味「描いちゃってる」のよ。無いモノを描いて見える形にしてる。

なるほど、「無いモノに形を与える」か、「モノを描いて無い部分を伝えるか」ということだね。そこに適した手法が、デジタルとアナログっていうことで。

適しているかどうかはわからないけれど、俺がやるならそうしたいなと。

アメ村でポストカード売り

どのくらいのころから絵を描いてる?

小中学校あたりでは、紙に落書きっていう感じだったね。高校からは既にデジタルだったな。

ゲームとかマンガとかアニメが好きっていう、ヨザにはそういうイメージがあるんだけど(笑)絵に関係するところは何かあるのかな。

マンガのキャラとかはそれこそ小学校のときから描いてて……ビックリマンとか描いてたのかな。周りに絵が上手いやつがいたから、そいつらと一緒に描いた。小学校で絵の上手いやつってちやほやされるんですよ。それがうれしかったんじゃないかな。そのうち周りのやつが描かなくなっていったけど、俺はずっと描いてた。

漫画家になりたいっていうのは?

それは一切なかったね(笑)いまもそうだけど。漫画家について考えたときに「すごく辛そう」っていうイメージが何よりも強くまず浮かぶ(笑)

確かに、漫画家の自伝とか読むと、だいたい床に倒れたりしてるよね。

何故かそういうイメージ刷り込まれてるから、絵を描くのは好きだけど、漫画家じゃなくてもいいんじゃないかなって。イラストレーターって職業があることも知ってたし。

そこからのポストカードっていう。

そう、ポストカードを作って、それをアメ村で売ってた。ボールペンとかで書いたのをスキャナで取り込んで、パソコンを使ってレイアウトして、インクジェットプリンタで印刷して。楽しかったな。

ポストカード作ってアメ村で売ってると、周りがデザインされたものに囲まれてるってのもあるし、こういうものだったら仕事に繋がるって感覚があったのかも。

自分が作ったものがお金に変わるっていう感覚になるものは、アメリカ村にいっぱいあったかもね。同じようにポストカードを売ってる同世代の友達なんかもできて、同じお店に置いてもらったり。

人生に大きく影響する体験だったんだね。

パソコンでポストカード作って売るっていうのをやってなかったら、今までイラストを描いてなかったかも。

まず、自分の絵を求められたってのが大きかったかな。「自分の絵を欲しいと思ってくれる人がいる」っていうのを無意識のうちに感じたから、あとになってサイトを作って絵を載っけるとか、やりはじめたのかも。あとパソコンだと家で手軽にできたし、商品ぽくなったのよ。チラシの裏とはぜんぜん違うから。それもうれしかったんだと思う。

インターネット昔話

ということは、家にパソコンがあったんだ。

中学の時には家にあったね。そのあと、高校の入学祝いかなんかで親に新しいのを買ってもらった。それまでも絵も描いてたから「これで絵を描いたらよろしい」みたいな(笑)。FMVってやつで、勉強机の半分ぐらいがパソコンが埋まったよね。ハードディスクもまだギガじゃなかった。

ネットやってた?

やってたやってた。はじめてインターネットに出会い、チャットというものをやって、知らない人と夜な夜な話す楽しみを覚え、やりすぎて12万円の請求が来て。で親に働けって言われて(笑)四天王寺って寺で住み込みでバイトしたり。それからはテレホーダイに入った(笑)。そういう時代だったよね。だからもちろん Flash もないし、何ならデカイ画像が敵だった。

実はmokuvaって、俺とヨザ以外のほとんどは「Flash で作品作りました→見てもらいたい→インターネットってのがあるぞ」っていう、そういう順番だったんだよ。

そうなんだ!俺の中ではFlashは完全にインターネットで使うものっていうイメージだった。

俺もそう。今回みんなに聞いて一番びっくりしてるのはそこ。俺はパソコン通信からだからまあ古いけど、俺とヨザはネットが先で、それが当たり前と思ってた。

俺もけっこう昔からやってた。中学校の頃には自分のサイト持ってたよ。友達と3人で作ってたやつ。そのころFlashサイトなんて無かったし、後になってFlash が出てきても、いろいろできるものっていうイメージもなかったし、なんか「重いもの」っていうイメージがすごくあった。たまに2ちゃんねるに何か載ってるのがでてきたぐらいで。

俺ら以外のメンバーはFlash4か5が先で、それでサイトの形を作り、BBSで交流し、mixiが出来……みたいな。作品を出す場所っていう位置づけ、作品に対するコミュニケーションをする場としてのネット。

そういやユーキくんと最初の待ち合わせの時も、徹夜でFlashやってたって聞いてたな。……違うかたちのインターネットを見たわ。彼らはクリエイティブだ。俺らクリエイティブじゃなくて、ただ遊んでた(笑)。

スタートが違うんだね。彼らはFlashに衝撃を受けて、とにかくそれをやってて、そこからネットを知ったって感じなんだね。自分たちは Flash は知ってたけどやってなくて、やろうと思ったら出遅れてた。確かに勇吾さんのサイトをみて「おおすごい」って思ったけど……そこからやっても追いつけないよね。

こっちが遊びで文章書いたりチャットしたりオフ会出てたりしてたときに、彼らは全情熱を Flash とデザインに注いでたわけだから。

そりゃ勝てないよね。遊んでたもん(笑)。

しかし、昔はウェブサイトじゃなくて、まさに「ホーム」ページだったよね。エントランスがあって「Enter」って書いてあって。それ押すと別ウィンドウが開いてね。

Googleが出る前だったから、詳細ページに直接行くっていう考えがあんまり無かったんだよね。この前聞いて思い出したんだけど、2004年以前はYahoo!が全盛で、サーファーがサイトを探して回って、Yahooに登録する時代だったって。サーファーは神だったと。登録されないとネットに無いも同然。

俺も中学生のころに作ったサイトをYahoo!に登録したわ。申請して。それしないとたどり着けないんだよね。

そう、詳細から入るって文化がなかったから、一個のサイトが「作品」として成立するようにするっていう考え方が主流だったんだと思う。「トップページ以外にリンクしないでくれ」みたいなのを言ってるところも多かったし。そうなってくると、中身っていうよりガワに注力するようになってって。

だから、相互リンクっていう文化があったんだろうね。俺が Enter 画面に絵を置いてたのもそれだわ。バナーもあったし。

mokuva 結成

2005年に mokuva ができたんだよね。

mixi にユーキくんからの足あとついてたから、サイト見に行ったら「すげー」ってなって。当時からぜんぜん知らない人にメール送りつけて会おうぜっていうのを良くやってたんだけど、ユーキくんにも「会える距離にいるなら会おうぜ」って。

mixiが出来たことで会うキッカケになった部分ってあるよね。で、その結果 mokuva ができちゃった。

ある日突然メッセンジャーで「ユニットやるよ。名前も決まってて、ドメインも取ってあるから」って言われて(笑)。

ユーキくんとゲリラと、専門学校も一緒だったんだよね。

偶然にもね。でもみんな期が違うんだけどね。集まってから知った。

お前の学力では美大に行けんといわれ、就活したが内定が取れず、親が「専門学校行きな」って。それがデザインの学校だった。就活して内定とれずに来てるから、やっぱり就職したいっていうのがあったんだろうね。そうなると、やっぱりイラストじゃなくてデザインだなってなったんだと思う。そのころにはデザインには興味を持ち始めてて、Design Plex 買ったりしてた。

俺はいちばん期が早かったのかな。ユーキくんと同じグラフィックデザインコースで、夜間。でも夜間か昼かの違いってけっこうでかいはず。夜間って結局3時間ぐらいしかないし、昼は働いてるから。あと俺は卒業してないし。

そういえばこの業界って、学歴あんまり関係ないね。

学校とか行ってる場合じゃない、みたいな。俺も大学入ったけど「もう良いわ、仕事しよう」って(笑)。

みんな早いうちからデザインの仕事にシフトしちゃったんだよね。俺も一刻も早く現場に出たかったな。手に職付けたいっていう、職人的なイメージもあったから。学校では教われない部分っていうか。

で、ゲリラが、ヨザんちにあったガンダム本がきっかけだって言ってたよ。

アナハイム・ジャーナル」だね。俺そこまですげーガンダムが好きだったわけでもないんだけど。知り合いのデザイナーさんがアナハイム・ジャーナルに関わってるってところもあって、持ってたの。

俺、あの本を最初に見たときに、全力でバカやってるなーって思ったんだよね。「モビルスーツを作る企業がほんとに実在したら」っていうことで、本編には一切でてこないようなロゴを作ったり、広告を作ったり。「全力でやりきったな」っていうところに俺はお金を落としたかった。

しかもそれをやってるのが、あこがれの DesignPlex 誌上をひた走ってたメンバーだったから、それは買うでしょっていう。

そのあたり、みんな同じような物をみて、同じようなことをやってたんだろうね、図らずも。

そう、そこから mokuva はできた。

キャラクターとデザインと

2004年ぐらいはキャラクターイラストが多かったよね。香港フィギュアが大好きなヨザって感じだったから。ヨザの家に行ったら蜂のフィギュアが置いてあった。

あったね。フィギュア買いまくってた。たまらなかったよ。

それまでは頼まれてイベントのイラスト書いたりはしてたんだけど、前の会社を辞めたあたりに、その会社の中野さんって人がイラストの仕事をくれて。「ああ、仕事になるんだな」と思って、もともとイラストを仕事にできたらと思ってたから、ちょっと仕事増やしてみるかって気になり。

そこから、仕事を一緒にしたよね。形にはならなかったけど。打ち合わせで東京来たとき、一緒にマッドバーバリアンズさんにお会いしにいったな。

マッドのお二人とグラフィックグルーヴのヒロムさんって人が友達で、大阪でクリエーターの集まりに参加させてもらったときに「ヨザくんの事は聞いてるよ、マッドから。」ってヒロムさんに話しかけて頂いて。それで2〜3回一緒に飲ましてもらったのかな。のちのち mixi でユーキくんと出会い、話を聞いてみたら「聞いてるよ、ヒロムさんから」って(笑)。

ゲリラが、ヨザがMTVのキャラやってるのを見て、すげーって言ってたな。

あれは藤本 "ANI" 健太郎さんに紹介してもらったやつでね。

ANIさん、俺も中目黒のもつ鍋屋でいっしょにお会いしたなあ。

ANIさんとはOrkutで連絡取ったんだよね。ANIさん見つけて、メッセージ送って。「ANIさんが居たからいまデザイナーやってます。憧れッス」って言って。それでコンタクト取って、メッセンジャーで話すようになって、こんどイベントやるんですよって言ったら、じゃあVJで出させてよみたいなことになり、そこからかな。だから、すごいことだったよね、あこがれの人と一緒にイベントをやり、作品を見てもらう機会があり、MTVを紹介してくれて。

あれは俺もすげえって思ったよ(笑)。俺みたいな駆け出しがMTVの仕事できるんだーって。お客さんが描いているイメージの範囲の中で形にして、3面図に落としこんで。そういう風にキャラデザインをしたっていうのが初めてだったから、あれはやっぱり大きかったかな。

mokuva はMTVとかストリートファッションとか裏原とか、スケボーとかスチャダラパーとか、そういう感じのところを何かしらみんな通ってきている。

偶然だけど、面白い。ストリート系とかクラブカルチャーの流れがあるんだよね。そういうのが流行った時期なのかも。みんな年代が近いからね。

そこから、ちょっとタトゥーっぽい絵を描くように。

そこにはちょっと前置きがあって。ユーキくんと知り合って、もう少しデザインを真剣に考えてみるかってなったのね。ウェブデザイナーをやってることに危機感を覚えてさ。

ユーキくんにおすすめの本とかを読んだり、rakeemさんがブログに書いてた「デザインのデザイン」って本を読んだりして、「あ、ウェブデザイナーってデザインという枠の中ではまだまだできる事が限られているんだな、デザインはもっと広いものなんだな」って思った。

「最小単位が1pxの世界にずっと居るのは危険だ、もうちょっと広い範囲を見ないと」って思って、2005年にグラフィックデザインのSTYLEって会社に入ったの。

ユーキくんとの出会いが、デザインを知るキッカケになったと。

当時は結構自分に慢心してたよね。天狗になってたというか。ウェブだったら何でもこいだし、イラストで仕事もしてたし、同い年でこんだけやってるやついないだろっていう根拠のない自信があり。でもそれは単純に他の人に出会ってないからなんだけどね。

そういう中でユーキくんの作品を見たときに打ちのめされた。「あ、こいつには勝てん、でも同い年だ」と。だからユーキくんと会ったときには「やらなきゃな」って焦ったよね。

なるほど、それが転職のきっかけだったんだ。

で、俺の絵をみた社長の上原さんが「今度店がオープンするから、タトゥーっぽい柄を作ってごらん」ってチャンスをくださって。タトゥーで拳銃の絵を描いたんだけど、それが大きいポスターになったり、全部のツールに載るようになった。

タトゥーの線の感じがデザインにハマったときの気持ちよさっていうのが良いなって思ったから、タトゥーっぽいんだけど、タトゥーとも違うような、絵寄りのタトゥーみたいな、そういう絵を描くようになっていったね。

知人に「タトゥー掘ることになったらヨザくん頼むよ」って言われたりね。怖くてやりませんって言ったけど(笑)。

そういえばコーゾーくんも、あとのほう、2007年ぐらいに「今はタトゥーに興味があります」って言ってた気がする。

あれすごい偶然でね。コーゾーくんほど深く掘ってないが故にだと思うけど、俺は2007年の頃はもうタトゥーとは違う方向の表現に向かってたな。おじいちゃんの絵を描いてたり。結構飽き性だから、一つの手法をずっとっていうのが、2005~6年の当時はそんなに長続きしなかったの。

CBC-NET のヨザのページのトップは顔の長いじいさんだったね。

なんかああいう人だと思われてたらしい。あんな人間いないだろと(笑)。

Illustrator 禁止令

Illustratorで絵を描くところから筆で描くようになったっていうのは、結構大きな変化だったりするのかな。

それはユーキくんに言われたことで、mokuva を結成してしばらくたった頃に、ユーキくんから「Illustrator禁止令」が出たのよ。アナログを描くことで良さがでると思ったのかな。

それまではベジェ曲線が面白かったんだけど、逆にアナログに対する苦手意識、色塗りが苦手とか水彩が苦手とかは確かにあって。でも絵描きでやってくって考えたときに、そこを通らないってのはやっぱり難しいなと思った。良い機会だからアナログでどういう絵が描けるかを試してみようと思って、そこで筆ペンつかってみたっていう。

ヨザのあの頃のプロフィールには「変な線を描く人です」って書いてあったからね。

そう、変な線を描くのが楽しかったの。

水墨画にスイッチするキッカケっていうのはキノコの絵を描いたころだと思うんだけど、あれができたのは、単純に書き味が気持ちよくて。最初はあれを描こうと思ってなくて、筆を走らせてると面白い線ができていくから、バーッて描いてったらああなったのね。で、ああいいじゃんって。

だから、CUT & PASTEで優勝したときにユーキくんが冗談で「ヨザはワシが育てた」って書いてて、でも俺は本当にそうだなと思ってて、ここまで引っ張って来てくれたのはやっぱりユーキくんの存在が大きかったなと。

そのあたり、2006年に mokuva が増員して、そして Levi's FLU の案件があったね。Illustrator禁止令がでて、筆ペンでキノコを描いてたら。

そう、ある日ユーキくんから電話が掛かってきて「お前の変な線が仕事になる時が来た」って(笑)。「それ描けばいいじゃない」って。コーゾーくんも、俊さんも、浦さんもやるよってことだったから「それは恐れ多いことですね」って言ったら「じゃあやめる?」って(笑)。「いや、やらせてください」って。

でも、だからといってデジタルを捨てることはしなかったな。デジタルでも線を描けるっていうのを Levi's FLU でも出来た。ふたつ作品があって、ひとつは全部デジタルだけで線を描いて、もうひとつは俺がアナログの線をいくつも描いて俊さんに送ってコラージュしてもらった。

水墨画との交わり

2009年で水墨画に出会って、そのときにイラストメインでやっていこうって考えたって感じかな。

水墨画以前はデザイナーやアートディレクターとして頑張ってましたってかんじで、ほんとにそのころは来た仕事をひたすらやってた。仕事を淡々とやってたから、そこから何とか抜け出したいって気持ちがあったからかも。

あんまり意識してなかったんだけど、アナログで描くようになってからの自分の作品を見たら、何か和風っぽくて。自分でも和っぽいものは好きだったんだけど、いままではちょっと好きぐらいだったものが、深く意識するようになったかな。意識して見るようになって、仏像とかお寺とかお茶、盆栽なんかにも興味が出てきた。

そこから水墨画へのあこがれが募ってゆき、でも歴史のあるものだから軽々しくは手を出せないなと。そう思ってたときに浦さんが水墨画の教室に行ってらっしゃるって事を知った。浦さんが行ってるんだったら間違いないだろうし、これ以上の機会はないだろうなと。だから「紹介してください」ってお願いしたと。

デザイナーからキャラクターイラスト、タトゥー、変な線のキノコ、水墨画に。面白い流れだよね。

結局、描いてるものって、そのときそのときにハマってるものなんだよね。香港フィギュアが好きだったからキャラクターを描いて、グラフィックデザインをやることになって、キャラクターじゃない表現が好きになってラインを描き始めて、そこから和っぽいものが好きになり。

水墨画に出会ってから、これはずっと続くなと思ったけど、最近またキャラクターやろうかと思ったりもするし……って考えてたらそういう仕事が来たりもするし。ぐるっと周ってくるんだよね。そして、当時はただ好きで描いてただけだったことが、仕事で提案できるようになった。ダイレクトに仕事に生かせるようになったっていうのはすごく大きいし、とてもうれしいこと。

点と点が繋がって線になると。

そんなつもりはなくやってたことだけど、蒔いてたものが実益になる。というか、結局そこしかないかなと。やってたことしか実らないし、そこを離れて全く自分にとって新しいものって、なかなか生み出せない。生み出せたとしても意味のないものかもしれない。

そういう振り返りをする年齢になってきたのかもね。今まで何も考えずにやってきたものって何だったのかなって振り返って、そこから(成果物を)出していくっていう年齢になってきたのかも。

同人時代

あとは、同人時代かな。

2010年、暑い夏だったよ。夏コミ出たいと思って同人誌を描き始めてもいたんだけど、会社がつぶれて、実家に一回帰ろうかなって思ってたのね。もう収入ないしさ。

でも、仲良くしてるデベロッパーの阿部さんが「それ、やらんと後悔するよ」って言ってくれて。絶対にあとで良かったってなるから、どんだけ損失を被ってもそれはやったほうがいいと。

で、そこまで言ってくれてるんだし、やるか、と。結果的には同人関係の知り合いも増えてよかったんだけど。クライアントワークとも違うし、アートワークとも違うよね、完全に自分の性癖丸出しの絵を描いたから。

それこそヨザそのものから出てきたものだよね。

そういう意味では確かにそうだ。もう欲望丸出しの絵を描いたから、それを吐き出す作業っていうのが結構良かったのかもしれない。

そもそも同人やりたいって思ったのは?

きっかけは、当時の同僚のマークさんに「Steins;Gate」ってゲームを勧められたことかな。久しぶりに人の作ったモノをプレイして号泣するっていう体験をした。マークさんが「僕らも物作りしてるんだったら、こういう体験を人に与えたいよね」って言わはって、ああ確かにそうだよねと。

そこからかな、オタク関係に入っていったのは。高校のころにもエロゲーとかはやってたけど、久しぶりにその世界に引き戻され、そこでtatsくんとも出会った。彼は同人界隈のすごい有名人だったから、いろんな人を紹介してもらってね。

そして、こんだけのめり込んだんだから、サークル側で参加しないのは不自然だと言う話になり。こんだけハマってて、初音ミクが大好きで、絵が描けるのに、同人誌作ってないのはおかしいと(笑)。売れなかろうが売れようが、出して作ったっていう実績がないといけないな、と思ったの。

なるほど、出す側に回れるんだから、やってみようと。

あと、けっこう挫折を味わいたい人なのかも。モノを語るときに、一回でもその分野で挫折してないと発言権が無いと思ってるの。

暗部を見ないことには、上辺だけで話しても説得力がないなと。だから自分でお金を出して、いっぱい刷って、在庫が売れなくて(笑)。それをやってみて初めて、同人誌を作って出展するっていうことが話せると思うから。「俺も売れ残ったよ」って。それで初めて出展する人たちと肩を並べて話ができるなって。

そういうのは、そこまで大変な挫折でもないし、やっといたらいいかなと思ったのがある。

同人誌を買ってもらえたとき、仕事とは違う達成感があったりした?

同人でいうと、冬コミと夏コミで2回あったのね。で、最初は売れたら成功だと思ってたんだけど、2回やって思ったのが「売れたからといって必ずしも成功ではない」ってこと。

売れるに越したことはないんだけど、売れるだけだとそこで終わる。それよりも、買っていってくれた人が話題にしてくれたり、それを見て俺のTwitterをフォローしてくれたりとか、その後のコミュニケーションが生じたときがうれしかったかな。

同人の人たちって、作ったモノを知り合いに「これ新刊です」って、無料で渡すの。俺はそういうときは買うようにしてるんだけどね。でも無料で渡す気持ちも分かる気がする。お金いらないから読んでもらって、なにかしら反応があったらいいなっていう気持ちに重きを置いてるから、同人っていうのが成り立ってんのかなって。

個人サイトに近いのかもね。とにかく書いて、とにかく見てもらいたい。

そうそう、それに近かったね。楽しかったんけど、今現在の俺の考えからいくと、ちゃんと対価を得た上でコミュニケーションが発生するのがベストかなって。だから、やるなら仕事でやりたいなと思うに至った。

似顔絵バトル

THREE でのライブ似顔絵。これはコーゾーくんと一緒にやったんだよね。

そうそう、ファッション関係の会社の企画でね。プレゼントできるような絵が良いって。似顔絵を描いて、その上から化粧するってことになって、それでコーゾーくんと二人で実際に何枚か描いて、こういうタッチで行きましょうって決めて。……この企画では、絵にも描けない美しさをたくさん描いたね(笑)。

コスメブランドだし、気持ちよくなってもらうための絵だもんね。

やってる時に何度か思ったのは「これは、勝負だな」と。お客さんはプロに化粧してもらって俺の前に座る、だから少し前の自分よりも綺麗になってるって自負があるわけ。そこで「綺麗になった私の似顔絵を描くのね?」っていう自信を感じるわけ。ホントにズバ抜けた美人だと、もうにやにやしてる。「あら、どれだけ綺麗に描いてくれるのかしら」みたいな空気がすげえでてる。「やってみろ」って。

だからそこで勝負だなって思って。描いた絵を渡して、ニコッって笑ってくれたら勝ちだなと。逆にちょっと微妙な顔だったら負けだなと。そういうのを200人、300人とやって、楽しかった。これがあって、人前で絵を描くことに対して抵抗がなくなったのかもしれない。

海外を舞台に

そしてフランスへ。あれびっくりした。

おパリね。あれよかったね。初めてのグループ展で。自分の作品を展示するっていうのは初めてだったから。見る人はほとんどフランス人だし、そんなに感想らしい感想は数多く聞けなかったけど(フランス語ができないので)、でもフランスに向けて描いて、準備して、持ち込んでっていうのを一連でやったことには価値があったんじゃないかなと。

パリに行って思ったのは、世界で描かないとダメだなと。日本で描いてるだけではダメだなって。

パリって、前から聞いてたけど芸術の街で、そこら中にギャラリーがあるから、散歩がてらそれを見て回ったの。で、見て回ってから自分の絵の前にパッと立ってみると、やっぱりぜんぜん足りてない。パリの町並みに見合うほどの絵がぜんぜん描けてないっていうのを思い知るのも、必要だったかなって。

そこで、世界に出た上で、日本のことを描くことに意味があるかなって思った。日本で日本のことをやるのは当たり前だから。

大阪でやっててもラチがあかないから東京にでてきたっていうのと同じように、海外でやらないといけないんだろうな、ってのはあるかも。本当に価値を認めてもらうためには、舞台は海外なのかなって。

そして今年、CUT & PASTE 優勝。ヨザがいま一番、海外からオファーがくる可能性が高まってる一人なんじゃない?

そうだと嬉しいけれど、まだ直接的に何かあったわけではないかな。でも良い流れはできたよね。2年連続、絵に関することで海外に出られたから、その流れは続けて行きたい。年一回は絵に関する事で海外に出て、そのフィードバックを受けるっていうのをやりたいなと。

あれ何カ国参加したんだっけ。

12都市、24人か。地方都市大会も含めたら、だいたい3倍ぐらい。でもあそこは正直、誰が勝ってもおかしく無かったと思う。みんなすごいクオリティ高かったし。

大会が始まる前に、コーディネーターの人が「君たちは予選を勝ち抜いてきてるからまず才能は保証されているし、今回の大会はライブ的な要素が多くて、準備もできない状態で来てもらってる。会場の状態によって作品が左右されるから、運がすごく大きく絡む大会だから、勝ち負けにこだわらずに楽しんで帰ってね」みたいなことを言ってて。

結果的に俺らが勝ったけど、みんなすごいものを作れるし、もう一回やったら結果が変わるだろうって思う。そこは自戒として、絶対天狗になっちゃいけないことだし。そのうえでチャンピオンとして、恥ずかしくない行動をしていかなくちゃなあと。

だから、「優勝」って肩書きがついたことで一番変化があったのは、自分の意識が変わったことかなって。今まではそういう肩書きが無かったからどこまでも好き勝手できたけど、優勝したって言われることで、下手ができなくなったというか、良い意味で追いつめられたというか。それがデカいかな。長い目で見るとすごいプラスになるんじゃないかな。

ということで、これからもパンツを描き続けていきたいなと。描いたことないけど。

それが感想か(笑)。

人に伝えて自分を残す

さっき「仕事を淡々とやってたから、そこから何とか抜け出したいって気持ちがあったからかも」って話があったけど、それはアートディレクターって立ち位置が自分にはしっくりこなかったってことかな。

アートディレクションをするときって、自分の中で「正解」があるわけ。こうしたら正解だなってのがあって、自分でやったらもちろんそこまで持っていけるんだけど、それを人にやらせてそこまで持って行かないといけない。俺の思う正解にいかないと仕事として成立しないから、そこにフラストレーションが貯まってたね。

何かを伝えようとしたときに、ヨザは人や成り立ちや精神を伝えていきたくて、アートディレクターだと目標への向かい方が先になっちゃうことに窮屈さがあったのかも。

やっぱり、アートディレクションは解を導き出すための手段だと思うんだけど、絵はそうじゃないから。俺が師匠から受けてるのもそういうことだったりする。

師匠は「同じ絵を描くな」って仰るのね。「俺が持ってるのは教えてあげるけど、それを咀嚼して、自分の絵を描けるようになって一人前」っていう。でもその中には、師匠の流れっていうのは必ず出てくる。で、俺の絵がいいって言ってくれる人に対して「土屋秋恆先生の弟子なんです」って言うことで、先生の名前が残っていくんだろうし、そこで恩返しができたらいいなと。

人との関係性の上で、自分の絵が残るっていうのが理想。俺にももし後進ができたら、そういう関係を築いて行けたらいいなと。ひとりで頑張ってひとりの作品が残っていくよりは、俺の絵の流れを汲んだものが残るほうがしっくりくる。

それはきっと、「このモノは」っていうことではなく「ヨザくんは」っていう風に人に思われてきて、ヨザもまたそういう方がいいと思うようになったんだろうね。

まさにそうしてきてもらった結果の考えってのはあるね。俺はけっこう叱られるのね。それは恵まれてるなと思ってる。叱られて気づいたことっていうのはすごく大きいことだから。叱ってくれてる人も「こいつは叱ったら変わる」と思うから叱ってくれてるんだろうなと勝手に思ってるし。

叱るってことは気にされるってことだもんね。面倒だったら叱らないし。

しんどいし凹んで、もうイヤって思うけど、叱られる機会があるならチャンスだと思っていこうってのはあるね。若い頃はバンバン叱られるけど、何にもしなくても年齢が上がっていくと叱られなくなっていくから。

俺が叱られるのって、無意識のうちに不義理を働いてる時が多いのね。お前それ、いろいろ俺に与えてくれたことに対して、ちゃんと恩義を感じれていないんじゃないのかって。俺はぜんぜん体育会系じゃなくて文系……でもなくて帰宅部だったから(笑)、上下関係が全くない中でヌクヌクと生きてきたわけですよ。

その中で先輩がしてくれる気遣いとかに気づけないことが多かったから、そこで叱られたりするんだけど。そこで叱られる事で、自分が何かをしてあげたときもそういう目で見れるようになると思うしね。

今後のスタイル

今はイラストの仕事が多いの?

去年はイラストが多かった。今年はデザインとイラストで半々になったんだけど、両方とも質が上がったというか、もうひとつ上のレイヤーで考えられるようになったかな。

それは何かきっかけがあったの?

呼んでくれるタイミングが変わったんだと思う。それはもちろん運もあるだろうし、もしかしたら CUT & PASTE で優勝したっていうのが働いているのかもしれないし。

イラストなら、決まりきってからじゃなくて、企画の段階からヨザって決めてもらって「一緒にやるならこういう方法がありますよね」って提案できたり。デザインの仕事にしても、自分のイラストを組み込んだりすることで、俺がデザインをする意味があるような仕事になったりとか。

名指しされるようになってきたんじゃない?

頻繁に「こんなことやったんですよ」って話すチャンスを増やすごとに、だんだんと仕事も増えてきたって感じかな。そこはやっぱり人脈だと思う。だから飲み会に頻繁に顔を出して、忘れられないようにしたり。

会社で働きたいって思うことは?

あんまり思わないかな。イラストレーターが会社に入るメリットって、現時点での俺の働き方だとあんまりないかなと。会社としても抱えるメリットってあんまり無いだろうしね。

イラストレーター同士

さて、mokuva メンバーについて。やっぱりコーゾーくんは気になる?

絵も気になるけど、それよりもどういう活躍をしていくのかなとか、どういう役割を担ってるのかなっていうところで気になる存在かな。違うタイプの絵描きとしてね。どこに突っ込んでいくのかなって。

コーゾーくんはキャッチーな絵を描くじゃん。で俺はもう少しアクの強い絵を描くから、求められ方が違うんだろうなっていうのは昔から思ってて。

毎年ヨザとコーゾーくんから年賀状もらうんだけど、コーゾーくんの絵は誰もが好きになる絵だなって。確実にそこに投げてくる。

それはやっぱりすごいなーと思うし、憧れるところもある。狙ってそれが出来るようになりたいなってところもあるけど、でもそれをやったら俺らしくないのかなって思うところもあるし、mokuva の中でコーゾーくんがそれをやってるからこそ、俺が好きにドロッとした感じにしても良いのかなって、背中を預けられる気分になったりもする。

だから仕事によっては、「あ、これ俺じゃなくてコーゾーくんのほうがいいんじゃない」って思うこともあったりするし、そういう提案をすることもあるしね。横に立っててくれたらバランス取れるかなっていう。

どういう形でステップアップしていくんだろうね。

フリーになって、どう営業してどう道を歩いて成功していくのかっていうのは手探りだし、そこをコーゾーくんはどうやって歩いていくのかなっていうのは、すごい気になるね。参考にしたいし、逆に俺がやってることで感じることがあれば、与えられるものがあったりいいなと思ったりもする。そういう存在かな。

mokuva と自分

今回の展覧会も、一人ひとりに聞いていくと、あの作品がなぜそうなったのか、何を目的としてるのかっていうのが全員違ってて面白いよ。

なんとなくピンときたって言ってるメンバーもいるけど、たぶん掘ってくといろいろあるんだろうな。勉強してこなかった詐欺とか、一緒に走ろう詐欺みたいな感じだね。ゴール前でダッシュしたり(笑)。「なんとなくだよ」って、絶対そうじゃないだろって。

「そこはそんなに考えてないんだけど」みたいな。そんなわけあるかと(笑)。みんなあの場に出すっていう意識はすごくあるから。

俺が mokuva に対してすごく思ってるのは「みんなと同じラインに居続けたい」っていうこと。ちょっとでも手を抜いた瞬間に同じラインに居られなくなるなって思ってて、それが上手い具合に自分のケツを叩いてた。「食らいついていかなきゃ」みたいな気持ちで、いい感じで自分を奮い立たせることができた。他の人たちだったら、そうはならなかったと思う。

確かにそれはあるね。

そこでいうと、ユーキくんの判断がひとつの基準。ユーキくんに見せたらなんて言うかなっていうのはあるね。それはユーキくんの目をすごく信頼しているってのもあるし、そこがひとつの「メンバーでいることのボーダー」というか。

そこでユーキくんが「ぜんぜんダメ」ってなったら、mokuva のメンバーで居ることが後ろめたくなるんじゃないかなって。それはやっぱり他のメンバーでなくユーキくんなんだよね。彼に認められ続けないとなーってのはある。

今までは、他のメンバーが実績を重ねていく中で、俺は一歩遅れてるなーってのがあった。だから、CUT & PASTE のチャンピオン取ったことに対してユーキくんがすごい喜んでくれて、やっとここに居ることに対して後ろめたさが取れたかな。俺にとっては、得たものとしてはそれが大きい。

なるほどね。

うん。

では最後に。あなたにとって mokuva とは。

これ、情熱大陸?(笑)……「ストッパー」かな。だらける気持ちのストッパー。

自分が弱い気持ちでだらけ始めたときに、mokuva のメンバーの顔を思い浮かべて、やらなきゃなって思う。mokuva に居たいと思うから。次に焼肉を食べるときに、後ろめたい気持ちで「俺みたいなもんが」って思わずに胸を張って行けるように。……これ、残るんだよね?

あとで修正も可だよ(笑)

でも、それが一番大きいかな。自分の一番弱いところを引き留めてくれる存在。

2013年2月13日
與座巧の自宅にて