今回の展示では唯一となる立体造形。彼が自身の子どものように愛でながら「肉の塊」と呼ぶその形は、どことなく慈しみを覚えるような、そっと撫でたくなるフォルムを持つ。そこには「輪廻する生への想い」が吹き込まれていた。

「ランダムとランダムは秩序を生む」という言葉を胸に、すべて表現しきらずに自分の受け取った感覚を伝えたいと彼は語る。どこか突き放したようでいて、実は人一倍の愛をそそぐ。そんな姿勢の出自はどこか。

自らの内なる声に忠実に、さまざまな分野を駆け巡りながら培われてきた、彼のユニークなものづくり思想を追う。

「肉の塊」

今回のアレ、なんて呼んだらいいかな?

作品タイトルがあれだから難しいよね(笑)。

すごい汚い言葉を使えば「肉の塊」。

子どもって3歳ぐらいまでは動物なんだって。だからワケわかんないところに反応するし。それはより聴覚と視覚とが「動物」に近いんだろうなって。 それと同時に、この作品は年をとった動物的ななにかを表現したいってことでもある。 今回は「生と死」を表現したかったから、四つん這いのようなこの形になった。

確かに、四足っていうと動物なんだけど、アレを見た瞬間って動物ではなくてヒトだろうなっていう感覚はあった。

それだとうれしい。

でも動物でもいいし、ほんと「肉の塊」として見てもらうのがいちばん正解。

この年になると友達の子供が生まれたり、僕のおばあちゃんが死んでしまったり。

僕の周りでは生と死、命で溢れかえっているなって。そのとき、僕の気持ちはなんとなくニュートラルに近い不思議な感覚で、もちろん嬉しい悲しいはあるんだけど「もっと深いところで愛してあげよう」……ってそんなことを考えてた。

保育士になろうと思って勉強したこともあったんだ。この仕事くだらないなーってなってきちゃって。生死に直面しながら、僕はひたすらデジタルを扱って。電話しながらこういうかんじよ(マウスを触る仕草)。もう、それに「駄目だ!」って思ったの。そこからずっと表現したいヴィジョンみたいなのはアタマの中にはあったの。

「肉の塊」には白と黒の2色があるけど、あれの意図は?

今回この子たちはあくまでオリジンである必要性を感じたんだよね。

モノトーンにしたっていうのは、それもあって、意味を持たない色にしないといけないなって思ったのが一番。あと、「生と死」という点で、まだ何にも染まってない感じであったり、お葬式であったり、そういう点で白と黒が今回の僕に合ってると思ったんだ。

それを聞いたら、はじめと終わりを示唆する色っていうところで、モノトーンである意味ってのはすごくあると思う。

説明的にはなっちゃってるけど、記号としては易しくなったんじゃないかな。

じゃあ、「生と死」というイメージが「四つん這い」「肉の塊」っていうのはもともとあって、展覧があるからそれを具現化しようと。

そこまでは一気にイメージできた。

それができたのって、問題解決としてのデザインではない「作品」をたくさん作ってたから、っていうのもあるんじゃない?

ケータイ向け Flash 待受を作るのを、3年ぐらいやってたけど、一番「ヤバいな」っていうのは、誰かの携帯の待受が、自分が作ったやつだったとき。そういう途方も無いゴールを見据えて作り続けてたからだと思う。

待受を作ってたときは、はっきりとした表現じゃなく、少し曖昧な感じにしてた。それを、知らない人が自分で付加価値をつけて、実際待受として使ってる。そこの事故的なところがゴールだった。たとえば「僕は街の街灯をみて感動して作ったんですよ」っていうのは、受け手はわからない状態で使ってる。使い手次第っていうか、執着無い感じ。だから途方も無い。

選ばれることもある、みたいな。

選ばれなかったらまあ、それまでだ、みたいな。

「待受に設定させる」をデザインとしてやるっていうのは難しいもんね。とにかく会員を増やすとか、そういうことだったらまだしも。

それだったら僕は、めちゃめちゃキャンペーンやったり、めっちゃエロい画像だったり、作ってるはず。でもそうではなく、結構抽象的な感じで、ランダム同士の事故的なところを狙ってたから。

ランダムの追求

ワカメくんは、作品を作るときに「ランダムとランダムは秩序を生む」っていう言葉を意識してるってことだけど。

作ってるものに対して常にそれがあるっていうよりは、根の方にある。だからデジタルのモーションものであっても、絶対的にランダムに動いているのものが多いと思う。その瞬間しか見れなかったのに、っていうのが好き。そして色もランダム、動きもランダムのなかに、何かしらのルールみたいなのが出てくる。

例えば1+1をずっと続けろってスクリプトで命令を出すじゃない。それはランダムじゃないんだけど「こいつは自分の意思でこういうことやってんじゃないの?」って感じられるところもあったり。

大量にやってると同じポイントが出てくる、意思のようなものが生まれる。ビッグデータっぽい部分があるのかも。

映画で観るとすっごいわかりやすいかも。「トロン」「アイ, ロボット」とか。 「トロン」のMCP暴走。「アイ, ロボット」の「ロボット三原則」の曲解。なんかそういうふうに生まれる秩序的なものに興味があるんだよね。

僕が作ったランダムなスクリプトで、この子が生成されて、自分で勝手に動いてるっていうような感覚かな。それを確認しているわけではないけど、何かしらのルールで、この子は動いてる。そりゃスクリプトである程度ルールはつけちゃってるけど、この子はそれではない何かを持ってるんだ、って思ってる。

ワカメくんって、作ったものに「この子」って言うよね。そういう、子どもとして扱えるのは「勝手な動きをするもの」ってこと?

意思を持って、あわよくば暴走してほしい。現実的じゃないけど、ロマンよね(笑)。 単純にランダムな数式なんだけど、白の次は絶対ブルーが来るとか、この子はなんだか癖がある。そんな感じが好き。

モノを選んだ理由

今回、手に取れるものにしようと思ったのは?

仕事がデジタル中心だから、偏りもあるし、だから物体を選んだのかな。でも、物体っていっても、やってることは全部いっしょなんだよね。短大は情報メディアデザイン科だったけど、もともと最初にやりたかったのは3Dだったし、ハジメさんのところでやってた携帯の待受も結果として手に取れるものだったし。

じゃあ、作品としては形があるものを作ってきているし、今回も形があるものだ、っていうこと?

そうかもね。 今回は「撫でてあげたい」「愛してあげたい」。そういう気持ちはこの歳だから生まれるけど、もうちょっと歳いったりしたら、捉え方も違うだろうし。作品説明のところにも書いたけど「今、自分ができることです」って切り離した。何か表現して、ちょっと投げっぱなし。

今回の展示物における「ランダム」と「秩序」というのは?

まず、わかりやすいし、反応がある。「柔らかい・硬い」「物質感」「重さ」といったところで受け手のランダム感がある。秩序の方だと、たとえば3人同じ物をみてその3人の中で話し合ったときに「アレってああじゃん」「そうだね」みたいに、変なルールみたいなのができるかなって。例えば「作品触っちゃいけません」みたいなのもそうだし。

「傾向」みたいなことかな。

そういうのが生まれるかなって。「異様に白が人気だなあ」ってのもびっくりする結果なんだろうし「黒が超好きです」って言われるかもしんない。

「もうちょっと歳いったりしたら、捉え方も違う」っていうのは?

ぜひ時間を置いて見ていただきたい、と。 もっと大人になってあの子みたら泣いちゃうかもしんない。笑っちゃうかもしんないけど、泣いちゃうかもしんない(笑)。そこも受け手のランダム。何年後かに僕の話を思い出す時があるのかもわかんないけど、その時に、ひょっとしたら初めて「見た」ことになるのかもしんないよ。

その時はその音楽の良さがわかんなかったけど、10年経つと分かるようになったとか、そういう突然分かる瞬間みたいなのは確かにあるね。そういうとき、モノが残るのは強い。手に取れるとか、においがするとか。

実家で突然見つけたライタンとかね(笑)。

一気によみがえる思い出と、他のおもちゃたちの姿、みたいな。ライタンを生み出した人はそんなこと考えてないよって話かもしれないけど。

作品について語るということ

ワカメくんは作品説明をかなり抽象的にしてたけど。

すべての意図を表現していないけど抽象的すぎない感じというか、ちょっと投げっぱなしみたいなのがいいから。だから僕はこういう話を絶対しないと思ってた。だけど、この話をしていくうち、自分としてもなんか消化されたかも。生まれる命・死んでいく命みたいな話、内輪でもしないじゃない?だから話せて良かったと思う。

でも、この作品について話すのは、ほんとコレが最後だね。ちょっとは話すかもしんないけど、濁らせると思う。バックグラウンドがない限りはわかんないと思うし、単純に子ども好きなだけじゃんみたいに思われても「それはもう勝手にして」みたいな。

あくまで受け手に委ねると。

まあ、そこもランダムかな(笑)。

コレを読むかどうかもわからないし、そこも含めて楽しみ。ある程度あの子たちにもちゃんと理解者がいないと……僕以上のね。自分以上に評価する人がいるかもしれない、ってこと。一番愛してるのは僕なんだけどね。たぶん……。あの子たちがどうなるかなっていう楽しみのために、多くを語らずいたいなってところ。

mokuva メンバーはみんな作品の形態は違うんだけど、「まず置いてみて、それの受け取りがどうなるか」っていう俯瞰の視点みたいなのは共通で持ってるみたい。ゲリラのエロにしたって、ちゃんと考えると、ねえ。

大罪のうちのひとつ、色欲ですよ。深い意味があるんだと思うよ。みんなロマンチストだからね。みんなそこにロマンチックな感じをうけて、やっちゃうんじゃないかなと思うけど。ダヴィンチさんとかね、どう思ってたんだろね(笑)。

自分は「計画性」みたいなのはあんまり得意じゃないから、出してみて「どうだ」っていう、そのほうが楽しい。

計画のスパンなんじゃない?今回一発の計画なのか、人生におけるトライアンドエラーの一回っていう感じなのかって。

うん、そういう話だよね。

学生時代の衝撃

ものを作るのが好きなのは、小さいころから?

レゴとか紙粘土とか、ずっとそんな感じだったらしいよ。親曰く。何を作ったか覚えてないけど、想像力豊かなお子だったんだと思う(笑)。今回の「肉の塊」も、まず紙粘土を触りながらイメージしていったようなところもあるし、子供のころから手を動かすのが好きだったんだろうね。

あと、小さい頃から絵が好きだった。小学校で入賞とかしたのかな、それもあってずっと絵は好きで。中学でも絵は好きで描いてたし、あとはゲーマーとしてはばたいたね(笑)。

どんなゲームしてた?

一番好きだったのはミスティックアーク、あと MOTHER2 かな。FFも好きだけど、2回やるとかってないじゃん、FF って。ミスティックアークと MOTHER2 は、何周かしたよね。MOTHER2 の二周目はふしぎなキャンディのバグ技使って、ネスだけが「あ1さ」みたいなヒットポイントになっちゃって。いくつあるんだろうな、こいつ、みたいな。

格闘ゲームとかアクションとかレースゲームみたいな、瞬発力が要る奴は苦手だった。マリオカートモータートゥーン・グランプリは超好きだったけど、あれは面白おかしい感じが好きだったから。おなじレースゲームでも、リッジレーサーとかグランツーリスモとかは全然無理だった。

さこっちは納期ギリギリでゲームをやって、ゲームの表現から閃きを得たりするって言ってたんだけど、そういうことってある?

僕はロマンチックな感じをゲームから学んだかな。 高校の時に哲学の授業取ってたってものあるんだろうけど、考えを感じたりするのが好きだった。 ゲームを通して、ドラマ性とか物語が自分の表現につながっていったと思う。 さこっちと案件やってるときは、UIとかモーションの話をするときにゲームの話で通じることがあるから、そういう面で助かるところもあるしね。だからリスペクトしてるね、ゲームを。

モノを作る高校を選んだのは?

普通高校には絶対行きたくないなってのが一番(笑)。あとはモノ作りをしてたかったのと、就職したいのと、だね。整備士とかなりたいかも?ぐらいで。

旋盤もやったし、図面描いたり、卒業制作ではアクリルスピーカー作ったりしてた。

その高校時代に、テレビで The END を知って。

そうそう。高2ぐらいかな。当時のデジタル表現をいろいろ紹介するテレビ番組の中で、The END っていうケータイ待受サイトが紹介されてて。で、自分もアクセスしてみようって。そこで The END の待受を自分の携帯に設定したの。

まあ好きだったよね。これカッコイイこれカッコイイっつって。その当時は動いている待受なんてほとんどなかったし、表現自体もものすごくカッコよかった。びっくりだよ、だって。そのパンチにやられて、デザインを本格的に意識しはじめた。

そこから、デザインの道に踏み込んだんだね。

もともとはどこか就職する想定だったんだけど、高校での成績はわりかし良かったから「進学しなさい」ってなって、じゃあどうしようかなって。先生が持ってきた資料の中にメディアデザイン学科がある短大を見つけて、じゃあここにするって決めた。そこからだね。

ウェブとFlash

パソコンやウェブとの出会いはいつだった?

高校の時はパソコン使ってたけど、ネットには繋いでなかった。ひたすらShadeで3Dを作ってたね。ネットっていいなって思ってたけど、ダイヤルアップできなかったからね、うちは(笑)。

ウェブっていうことでいうと、短大で Web デザインに出会ったかな。IMG SRCの小池さんが先生だった。覚えてる授業があって、小池さんがスクリーンに「これ、無印のサイトです」って5秒ぐらい見せたあと「はいっ」って消して、印象に残ってること言ってっていうもの。5秒ぐらいで見た印象で「家具がありました」「色が茶色、赤紫でした」とか。ぱっと見の印象っていうのは大事だと。

もうひとつは、たぶん小池さんが作ったデザインを、目で見て真似てそれを実際に組むっていう授業。Photoshopでそれをそっくり作って、ちょっとしたプロセスを学ぶ、みたいな。 当時はテーブルレイアウト全盛期で、テキストサイトが主流だった。そんな中、テーブルで画像をはめ込んで、グラフィカルに作ったりとか、HTMLでプルダウンメニューをどう出すとか、そういう時代だった。

そんなときに、Flashと出会った。

Nike のサイトかなんかで Flash を見て「Flashやべー、Flashおもしろーい」っなって。「こんなダイナミックなんだ」「ブラウザの表示ぜんぶ Flash にできるじゃん」って。学校で勉強してるからアンテナ張ってるってのもあるけど、Flashのウェブが出てくるたびに「おおー」って感じになった。

だから、ウェブがいいなっていうよりは、Flashが面白いっていうところからかな。 テキストのサイトをみて、ウェブをやろうとは思ってないと思う。「ウェブは双方向な情報をやりとりができる!すげー」ってわけじゃなくて、ウェブは Flash を世界中に出せる楽しいところっていう捉え方だった。あんなのができる、こんなのもできるってのは Flash のほうが多かったから、僕的には。

動いてるものが届くっていうところに、自分の中で大きな衝撃があった?

ハジメさんのThe ENDで「カッコイイ!」って。

絵とゲームの中間というか、情報が整理されてて、絵でも満足できない、ゲームでも満足できない部分が満たされていて、とにかく「カッコイイ!」ってなった感じ。 好きだったのは、スッキリっていうか、シンプルなやつだったね。

そうか。ワカメくんがネットで動くモノを見たっていうのは、まず The END だったか。

そうそう。

当時のケータイやウェブでの動きの表現は、何でもできるわけじゃなくて「できる中でやる」ってなった結果、シンプルに絞りこまれてるところもあったからね。文脈が無くて切り取られてる感じが、逆に想像する余地があって、ある意味「お前で考えろ」みたいな。

そう、それで Flash にもハマっていったんだろうね。

立花ハジメデザインへ

短大でて、最初から立花ハジメデザインでは無かったんだよね。

そうだね。

うち実家花屋さんなんだけど、花を毎週に買いに来てくれるレストランのオーナーさんがいたのね。 雑談してたんだろうね。で、なんかの拍子に携帯の待受画面見た時に 「あ、それハジメさんのじゃない?」って言ったの。「え、知ってんすか!?」って(笑)。 すごい偶然、ハジメさんの知り合いだったの(笑)。 で会わせてもらうことになった。ってのが知り合ったきっかけ。

若さってすごいよね。「短大卒業したら、ハジメさんのところで働きたい!」って言ってみたんだけど「ワカメくんは何ができるのかわからないから、とりあえず考えておく」っていうぐらいだったかな。

でも卒業は間近じゃない?だからまずは、恩師でもある小池さんの知り合いの知り合いみたいな紹介で会社に入ることになったんだけど入ったんだ。……行った先は、AV のパッケージデザインの仕事だった(笑)。

そんなわけで、ストレスもあるし、もやもやもあるしで、その発散として自分のサイトをずっと作ってたの。

そんな経緯だったんだ。そんときからFlash?

Flash だね。Flash の勉強のために自分のサイトを作る感じで。ひとつ試して、飽きたらまた新たな技術で作るみたいなのを繰り返して。そのころに最低限の技術は手に入れたんだと思う。

そんなこんなでAVパッケージを作り続ける日々……このままじゃいけないわ、会社辞めようって考えたときに、ハジメさんに、最後の最後にアプローチしてやろうって思ったのね(笑)。 当時の自分のサイト見せつつ「屋号ください」って。「独立したいから、ハジメさん、厚かましいけど屋号を頂けませんか。考えてくださいませんか」っていうのを言ったのね。

で、サイトをハジメさんに見てらったとき「もしかしてワカメくんって、Flash 待受作れる?」って言われたの。そのころやっと Flash が動く携帯が出てきたあたりでね。Flash Lite 1.0 かな。既に携帯 Flash で実験したことあったから「ハイ、できますよ」って言って、さくっと5個ぐらい、ランダムでラインが動くやつを作ったのよ。そしたら「ワカメくんってこんなことできるんだ」って。

おお、「ワカメくんが何ができるかわかった」瞬間が。

もともと好きで The END ずっと見てたワケだから、テイストもハジメさんの好みだったのかもね、ハジメさんに「作ってみて」って言われたときに、心がぱーっと開けた気がしたね。

素晴らしいタイミング!Flash Lite が出るまえの The END はアプリだったから、一回お互い離れてた関係が、Flash が携帯に来たことによって、くっついたんだ。

そう。ソニーが 505i 出した時に、FlashLite 1.0 がはじめて動いたんだよね、カクカクだけど。その次の 505iS ではわりかしなめらかに動くようになって。1.1 からは時計が作れるようになって、それでもう、羽ばたくよね。だからね、ホント僕、運が良いと思う。タイミングよく、自分のやってることを見てもらえる機会があったから。

そこから立花ハジメデザインに入って、 The END の運用に参加した。作品にまつわる話はあった?

NGになったことが1回あったかな。千鳥格子の模様ってあるじゃない。あれを自分なりの解釈で千鳥のパターンを作ったのよ。で「かわいくないっすか?」って見せた時に「これ千鳥じゃないもん」って。あれって鳥みたいな絵がこう、並んでるわけじゃん。だから僕なりの解釈で羽とかも考えて。でも「これ千鳥じゃない」って。そう言われたときは、「千鳥」ってタイトルにつけてたから、自分の中ではもうNGだった。

あとは、「LAVAlight」とか好きだったね、ハジメさんは。

ラバライトって、熱でボワーってするやつだよね。ちょっとヌルっとした。

ぐにょーんとした、ね。当時 Flash 待受で、こういうのってあんまりなかったと思う。一箇所動くとか、それぐらいのレベルの時代にコレだったから。他のコンテンツにも Flash 待受はあったけど、The END オンリーみたいな色はここかもね。

でも描画負荷との戦いはあったね。だからいっつも Flash Lite 1.0 で見て、最低動くやつをリリースしてたね。他のほうが早いってわかってたけど、一番いいのは 1.0 で初期のロットで動く奴みたいな。

制約はデザインを生むからね。レゴじゃないけど、使えるパーツの組み合わせで。

僕の中で、動くレベルと好きなテイストの動きが、いまのところ確立しつつある。そのスキルが無いのも前提だけど「それ以上動かなくてイイ」みたいなところもあるかもしれない。もっと動くけど、動かなくてイイ、曲線は無え!っつって。

それでも、自分の表現には支障がないっていう、方法論みたいなのができたんだ。

満足してるね。むしろ「自由に」って言われたほうが苦手かも。人によっては欲があるもんね。グラデーションもうちょっと掛けられますか、とか。

そういうのやってっちゃうと、ふ~んってものになっちゃう。

なんとも印象に残らないものになっちゃうね。

RINNEL

個人サイト「RINNEL」を作ったのは、立花ハジメデザインに入った時だった?

そうだね。暇な時にやるみたいな感じだったかな。「Flashで、作った!」ってしたくて。

プログレスバーで一回伸びてコンテンツでまた伸びるっていうふうに配置が変わるのも、偶然の産物。その度ズレるんだけど、なんかこうリズム的に、これでいいじゃんって。

だから「こうしたい」じゃなかった。「いいじゃんこれで」って感じ。

俺もワカメくんを知る前に RINNEL 見たことあったし、ウェブ制作している人のなかでは有名だと思うんだけど、ワカメくんから見て周りはどんな印象だった?

「あ、見たことあります」みたいな反響がバンバンあったんだけど、そのときにね、いろんな大人たちが、僕のことを勝手に評価してたの。「フラッシャーの」とか「デザイナーの」とか。僕ほんと、そういうのイヤだったの。なんで勝手にお前に言われなくちゃいけないんだっていう。「フラッシャーのワカメくんです」みたいな感じで、どっかの飲み屋で、あんまり知らない人にそういう感じで紹介されたりするのがイヤだった。

「□□□のワカメくん」じゃなくて、若命宏一なんだよっていう。

そう。「ほっといてくれ」って。それホント、今までやってきたことに反映されてる。なんかしらね、突き放してるよね。

僕ね、将来の夢が「近所のすげえおっさん」なんだ(笑)。 「何やってるかわかんないんだけど、いっつもあのおっさんいるな」みたいな。で、いろいろ話聞いてみると、なんかすごいんだぞ、なんかやらかしてるんだぞ、っていうポジション。そういう人になりたい。でも大変なんだよ?「奥さんは殺されかけて逃げちゃった」とか、変な噂とか流されちゃってね。近所にいたじゃんそういうの。スタイル的にはそういうのになりたい。そこはたぶんずっと変わらないと思う。

ちょっと斜めを向いていたい。

ほんとね、0点だったときは本当に憧れてた世界だったんだけど、90点もらって、その後の世界に絶望、0点に戻りたいっていう、なんかよくあるじゃん? 学生のころはそれこそ、名前売れたら最高じゃんみたいになってたよ?立花のときもそうだし、名前売れたらいいなーとか、そんなこと思ってた。でも、そうではなかったね……。普通のオトコノコに戻りたい!……みたいな(笑)。

でもさ、強まったオトコノコになると、うっかり賞を取っちゃう。

賞とれるのはホント嬉しいんだけど、それによってできる取り巻きが面倒くさいってだけだけどね、ホントに。評価自体じゃなくて、その評価を受けて勝手に独り歩きする評価がイヤ。賞とったとしても、仲間内で「やったね」っていうだけが、一番いい。「よかったねー、ハイ終わり」で。でも、なかなか「はいそれまで」ってのができないからね。

こんなふうに、ほっといてもらえなくなるわけよ。(さこっちが写っている Web Designing の「肖像」を二人で見る)……なにこの、小難しそうに写ってるヒト(笑)。

RINNEL 作ってからの経験で、一気に反転したと。でも、結果として RINNEL によってユーキくんという存在と繋がって、それが今の mokuva を生むキッカケにもなったし。

だからね、それはホント良かったと思う。

mokuva との出会い

立花ハジメデザインを独立してフリーになったキッカケは?

自分自身に「25歳までは勉強」っていうルールがあったんだ。それはまあ、若かりし頃のアレであって、いまも勉強中だけど、ひとつの数字としてあった。それがキッカケ。だから、次はフリーかなっていう。だから嫌なことがあったとか、良いことがあったとかではないかな。じゃあそろそろ刺激を求めに……みたいな。

独立したのと mokuva に入ったのが一緒ぐらい?

ちょうどそのぐらい。mokuva のことは、大阪で結成されたときから知ってた。仲間感があって同い年ぐらいで、いいよねって思ってた。きっかけは RINNEL の BBS にユーキくんが書き込んでくれたことで、そのあと mixi のメッセージ機能でも連絡とるようになった。

で、ユーキくんが「今度東京にいくことになった」って連絡くれたから「マジで!じゃあ近所住んでよ」って言ってさ。それで東京に来たユーキくんと出会って mokuva の話になって、メンバーに誘われたって感じかな。

さこっちに昨日「なんで駒沢に住んでんの?」って聞いたら「ユーキくんがいたから」って。「ユーキくんはなんでそこに?」って聞いたら「ワカメくんがいたから」って。それかー!って思ったよ。

まぁ、そういうことだよね(笑)。

そして、最初は集まって焼肉食べて。そこからユーキくん、コーゾーくん、さこっちと仕事するようになって。意外にけっこう一緒にやってるね。

ユーキくんがartless時代の時にサイトのデベロップをやったかな。 そのあと、コーゾー君と車のサイトでタッグを組んで、さこっちとはアーティスト関連のサイトがキッカケで一緒にやるようになったな。

でも、一緒に仕事しても、集まったときは仕事の話をしないのが mokuva のいいところだよね。 みんな「今度こんなサイト作りますよ、ドヤ~」っての、ないじゃん。「なんかいま大変だわー」ぐらいで。デザインどうこうではなく、垣根を超えた友達付き合いだね(笑)。

「最近どうよ」「肉うめー」って帰るっていう。でも、必要なときは一緒にやる。個人同士では何かをやってるけど、全体では肉しか食ってないってのが特徴だね。発起人であるユーキくんは「自分が一緒にやりたいメンツに声を掛けた」って言ってたけど。

なんというか、すごい「都合のよい」グループだよね(笑)。 高校時代の友達とか、仕事で困ってても助けられないじゃん。うちらは仲良しの割に仕事も助け合える(笑)。

自分の色

ユーキくんはグラフィックデザイン、さこっちだったらモーション、みたいな自分としての強みってある?

作るものを見てる時間は半端無いとは思う。言われることが多いのは「外さないね〜」って。アンテナはめっちゃいいみたい(笑)。

そして、ワカメくんは「我を出す」っていうか、自分のスタイルみたいなのは、ウェブデザインにおいてはほとんどない。

デザインするときに、どっぷり愛情注いでるってのがそうなってるのかもね。 注ぎすぎて嫌いっていう状況によくなる(笑)。 それに染まりたいって言うか、そういうスタンスだから、出てないのかな。

自分だってバレない勝負みたいなところある?

あるある。バレたら面白くないし。 でも逆に我を出せっていわれてもよくわかんなくなるかも(笑)。 本当にこれ欲しいんですかって、結構割り切ってるからね、仕事とプライベート。

どこから入っていくとか、どのへんから自分が関わっていくかとか、そういうのってある?

僕ね、ほんと自分で良いデザイナーだと自負してるんだけど(笑)なんでもやるよ、欲しい人がいるならなんでも。 やるものに線引きしちゃうと、楽しめなくなっちゃう。

フリーランスなりたての頃は、Flashばっかりだったんだけど。デザインが決まってる中で「どう動かそうかなー」「どう組んだら動くだろう」みたいなのを楽しんでた。ほんと、どう面白くするかは本人次第で、決まってるとやりづらいとかってのは、学校つまんねーよって言ってる奴を見てる感覚になるっていうか。例えばバナーで超本気だしてみ?みたいな。

楽しまないと損だ、っていうことだよね。

いろんな大人が絡んでて、政治もあるだろうし。その中で生まれてきたものに対しては、文句はあるけど、それ言っててもキリないし、お仕事もらっている以上はやりまっせ、って。守ってもらってると思うんだよね、見えない所で。

「ディレクターが勝手なこといいやがってよ」ってデザイナーときどき言うじゃん。でもほんとはさ、デザイナーの作業増やさないように「ここにボタンつけて欲しいんだよね」みたいなこともあるわけ。だったらソレがハマるようなもんを作らないといけないよね。バトるところはバトればいいし、でもそういうしょうがないところでバトってもしょうがないなって思う。

そういうスタンスが、結果として「なんかすごいおっさん」にもつながってるのかもね。なんかすごいおっさんは、我を出してすごいわけではなくて「すごい大人」なんだよ。

確かに(笑)。 たぶん、すごいおっさんは出る場所を選ぶんだと思う。でもまだ、僕は自分の出る場所は確立されてないと思ってるから、ふわふわしてるんだろうな。

フリーランスと会社員

フリーやめて会社入ったのは、なんかきっかけが?

一番大きいのは、自分のコスパ。自分が事業者だと、提案に時間をかけることがどうしても厳しいときがあって。生活もあるし。ホントこんなに時間かけて大丈夫かってね。いい提案ができれば絶対とれるし、いいものが出来上がるんだけど、一人だとそこら辺のバランスってすごいシビアで。やっぱこれだけ注力しても食ってけない!みたいな。

会社だとその分は分担できるから、やりたいようにやるために、逆に会社に行ったってことだね。

そうだね、一番にね。事業よりもそっちを取っちゃった。

お金に関係なく、デザインに集中できるっていう。そこが一番良かったなーって思う。

いま会社員なのは、mokuvaでは3人か。

結成当時は僕ひとりだったけど、みんなフリーになったよね。僕は半周回って会社員に戻ったけど。一周回ったらまたフリーになるかもしれないし。目的にもよるよね。経営者になりたいのか、自由にデザインのクオリティを出せるオンリーワンを目指すのかで。でも、どっちも必要だからさ。 要は甘えん坊なんすよ、僕は。自分ができることをできないとヤダ、みたいな感じ。

突き放し系

最近さこっちとは、ミュージシャン関係の仕事が多いじゃない。フィードバックが目に見える形であって、そこはやりがいがある部分だって話をしてたんだけど、ワカメくんとしてはどう?

僕ね、無責任デザイナーかもしんないんだけど……根は結果を知りたいの。でもリリース直後は見ない。フィードバックあるのはうれしいけど、見に行かない。一年後ぐらいに「どうなったかな」って。気にはなってるけど、自分で評価しちゃうのがイヤで。

梅酒漬けたあとに、1~2年してから見る、みたいな。

宣伝もしたくないの。みんなを否定するわけじゃないよ。自分はやらない、ってだけで。

公開しました!ってのは「梅酒漬けました」ってツイートをしちゃう感じ。それに対して「おいしそー」ってレスがね、絶対来るから。旨いのかまずいのかわかんねーのに。……気になるよ、味は。でも味見しちゃいけない。1年後ぐらいに「ああ、やっぱりよかったな」って思うために。

Facebookの「いいね!」とかもあんまりしないしね。「こんなんやりました!」「いいね!」みたいなさ。だからね、mokuva 展終わったら、からだ巡茶のソーシャルデトックスやろうと思ってる。それが僕のいまの近々の夢。キャンペーン終わってるかもしれないけど。

いまの話を要約すると、突き放し系だよね。作って、逃げてるよね、「ハイッ」って。気にはしてるよ、でも、気にはしてるけど……ってとこ。

知りたいなら追ってこい、向こうから来いってことか。

そう、向こうから来てもらえるような人間になろうってこと。ある程度年いくと、乗る形で参加するだけの人間じゃいけないと思う。乗られる側でなくてはいけない。だから僕、イベントとかパーティは全く行かないんだと思う。行きたいよ?行きたいけど、そのスタンスはダメだ、って。

でも、ハジメさんみたいに、名前出したり、自分のサイト作ってテレビ出て「見てください」っていう風に、乗っかられるチャンスを作ってくのとは違って、ってことかな。

ほんとに乗っかられることを求めてるんだったらソレをやるべきとは思うんだけど、僕的にはそれができない、隠しちゃうから、っていうだけ。自分でも迷いがあるけど、できることをやるとそうなる……。中途半端だと、イベントにも行けるし、自分のアピールもできる。でも追ってこい、乗っかって来いみたいな、矛盾が生じてしまうね。

タロットの影響

話を聞いてると、RINNEL 以前の話として、根本的にワカメくんを作る自信や根拠というかが、何かで作られてるような気がする。何かものを作り始める前から、自分の軸になるようなものを持ってたんじゃないかっていう。

何かを悟ったのか、ある程度自信はあるんだろうね。でも暗い、ネガティブだよね。ポジティブでは無いような気がするな。

世界に対する反動みたいなもの持ったってこと?

僕ね、高校はひたすらね、ずっと2年間ぐらいタロット占いやってたの。たぶん、すっごく暗い子だったと思う。

天野喜孝さんのタロットが欲しくて本を買ってね。タロット入門みたいな本についてたタロットも、絵が好きだから買ってた。そこから興味を持って、手にとって。せっかくだから自分の今日の運勢だけ、毎日やってみようと。絵がきっかけではあったけど、実際勉強してみて、高2ぐらいのころからは朝7時半に学校行って、一人でタロットやってた。

朝5時ぐらいに起きて、6時半に家を出る。7時に最寄りの駅について、マックでココア飲んで、7時半に学校ついて、タロットやって、みんなと「おはよう」「おはよう」って感じ。お客さん?でもないけど、一人か二人ぐらい、今日もよろしく的な。そんな感じだったよ。

絵が好き、ものを作りたくて……という流れに「タロット」があるかないかで、だいぶ印象が違うね。

自分の解釈で運命をその人に伝えなきゃいけないっていうのが2年間も続いちゃったらね、暗く暗く深いところに落ちてったんじゃないかなって。家でもやってたよ。今でもあるんじゃないかな、タロットカード。

やってないから下手なこと言えないけど、占いって、世界を切り取って、ある方向から再構築して、それを相手に伝えるってことじゃない?何か達観するものがあったのかも。

そうかもね……。結局タロットって、意味はふたつしか持ってないの。正位置、逆位置って。たとえば、塔の正位置はこういう意味、塔の逆位置はこういう意味。で、そのひとつのことに対して、数枚のカードを自分の解釈で、その言葉を継ぎ合わせたものを伝えてるだけ。方式や時間によっても違うし、恋愛っていう一方向から見ることもあるけど、すごい曖昧だよね。

表現への影響としては絵やゲームってのはあったんだろうけど、ワカメくん自身にはタロットが強く影響してそうだね。

何かしらこう、関わってくるんだろうね。まさに「ランダム」だし(笑)伝えなきゃいけないってところも。

あの、暗いタレントの子いるじゃん、モデルの(※栗原類氏のこと)。あの子さ、タロットやるんだよね。なんか不安になったよね。「うわっ」て。こう見えてるのかって。アレとは違う方式だったけどね、僕は。やってなかったらもっと明るかったかもね。いや、暗いとは思ってないけど、周りを見てると自分の行動範囲は暗いなと思う。……何かを悟ってしまったのかもね。

mokuva と自分

最後に。メンバーそれぞれをどんなふうに思ってる?

それを語るのにこっ恥ずかしさはあるね。……リスペクトしてるよ、みんなを。でも「同じ船に乗っていても、一方で陸にいる僕もいる」っていう感覚がある。船には乗ってる気がするし、陸にいてみんなに手を振ってる僕も居るような。

できればさこっちとかユーキくんとか、めっちゃ偉くなって、僕が爺さんになったときに「俺の友達にはアレがいる」みたいに言いたい。そんとき僕はたこ焼き屋やってるかもしれなくて、そん時に「俺にはさ……櫻井優樹って知ってるか?」「えっ!知ってる知ってる」みたいに、謎のすごいおっさんは、なぜかすげえ友達がいる。そういうふうになってほしいと願ってる自分もいる。

自分はそっと背中を押す存在。押してもないかもしれないけどね、押したいよね。念じてるよ、背中に。

その感覚って、程度の差はあっても、みんな同じかもしれない。だから「会社やろう」とかにもならないし。bA でさこっちとけっこう仕事してたけど、さこっちが独立するときは「頑張れよ~」って感じだったね。寂しいなーってのもそこまでなくて、遠くにいく感覚が別になかった。

邪魔しないのがいいんだろうね。知り合ったままでいてほしいってこともあるんだと思う、恋人のように。……近いんじゃない?恋人って表現。旦那とか彼女がやってる仕事って、あんまり興味ないんだと思うよね。でもなんかすごいとは思ってて、何かの時には支えになりたい。

恋人として、付き合ってどのくらいだと思う?

8年ぐらい。出会いから歳相応に、だんだん空気、そして愛みたいな(笑)。

愛だよね、愛。ほんと。愛情は変わらずだよ。

2013年2月8日
TRIPOD INC. ミーティングスペースにて